コントロールの幻想 – 起業家は自信過剰か

ミクロ経済学

あなたは平均的なドライバーだろうか

(問)あなたはどのくらい優秀なドライバーだろうか。道で見かけるドライバーと比べて、あなたは平均的なドライバーだろうか、平均以上だろうか、平均以下だろうか。

この質問をアメリカの大学生を対象に調査したオルタ・スベンソンが1981年に述べたことには、驚くことに84%の学生が自分は「平均以上である」と答えたそうです。

道で見かけるドライバーを平均以上と平均と平均以下という三つのカテゴリに区分するのであれば、ドライバーのうち三分の一が平均以上であり、三分の一が平均以下であり、残る三分の一が平均であるはずである。ところが、スベンソンの調査では、たったの16%が、平均と平均以下のドライバーの割合だと言うのです。

このエピソードは「最新 行動ファイナンス入門」の第二章に出てくるものです。

最新行動ファイナンス入門
最新行動ファイナンス入門

この本は、心理と投資行動の関係、いわゆる「行動ファイナンス」について解説した入門書です。行動経済学の研究分野のひとつにファイナンスに関するものがありますが、それをテーマにワシントン州立大学のノフシンガー助教授が書いたものです。

なぜ自信過剰になるのか

全米の大学生が「平均」の意味を知らなかったということはあり得ないので、なぜ84%もの大多数が「自分は平均以上だ」と考えたのかは、過剰な自信によるものだと推察できそうです。

では、なぜ自信過剰になるのでしょう。

壺を振ってサイコロの目が偶数か奇数かを当てるゲームで考えてみます。壺の中のサイコロの目は、あけてみるまでわかりません。あなたは偶数か奇数かにお金を賭けます。壺があけられれば、当たりか外れかがわかり、配当が貰えるか、賭け金を失うかになります。

このゲームでは、すでに壺が振られた状態での賭け金よりも、壺を振る前に賭けるときの賭け金のほうが大きくなる傾向にあることが知られています。また、自分で壺を振る場合にはさらに賭け金が高くなることが知られています。

ここからわかるのは、人には明らかにコントロールできないこともコントロールできるという謎の自信があるということです。壺の中のサイコロの目を自由自在に出すことなどできるわけがないし、どう見積もっても念力や他の力をもってして偶数と奇数の割合を二分の一ずつから外すことなどできるわけがないのですから。完全に偶然に支配されいていることに関して、人は「自分には何か影響を与える力があるのではないか、いやあるに違いない」と考えてしまいがちですが、もちろんそんなわけはありません。

自信過剰になる理由としては「本来コントロールできないことをコントロールできると過信するからだ」ということになります。

余談ですが投資家について調査した結果によれば、独身or既婚、男性or女性のラベルにより分類すると、自信過剰な投資家は独身男性が最も多く、次いで既婚男性、そして独身女性、最後に既婚女性だったそうです(ブラッド・バーバーとテレンス・オディンの研究による 1991)。

コントロールの幻想が過信させる

コントロールの幻想(illusion of control)という言葉があります。自分がコントロールできないはずの結果について、何か影響を及ぼすことができるのではないか、という幻想のことです。著者のノフシンガーは、コントロールの幻想には5つの要素があると言います。これらの要素は、どれも幻想(あるいは錯覚)であり、実際にはなにもコントロールできませんし、影響を与えることはできません。

選択

選択をする場合、コントロールできると誤解しやすい。例えば、宝くじを買うときに、ランダムに一枚買うよりも、番号を選んで買ったほうが当たりやすいと感じるようなことです。

結果の連続

起こった結果が良い結果であるほど、長く続くように感じてしまうのは、コントロールの幻想です。例えば、市況が良いときに株の取引きをした投資家は、どのようなときにも株は儲かる、と考えてしまいがちです(ご存じのようにリーマンショック時など市況が悪くなる時もある)。

慣れ

その仕事に慣れれば慣れるほど、コントロールの幻想に陥りやすくなります。オンライン投資家を調査した結果によれば、投資に慣れれば慣れるほど、積極的な投資をする傾向にあります。

情報

手元の情報が多ければ多いほど、コントロールできると信じてしまいます。インターネットにより昔とは比較にならないほどの情報を容易に手に入れられるようになったことで、よりコントロールできることが増えたと感じることでしょう。

積極的関与

ものごとに積極的に関与することで、よりコントロールの幻想に陥りやすくなります。ただポーカーゲームのテーブルにつくのではなく、時間をかけてそのテーブルの勝敗を調べ、ディーラーのくせを研究し、テーブルの客を見定め、また常連の客たちと情報交換をし、ネットや口コミで情報収集をすれば、より勝利に近づくと考えることになるでしょう。

あなたが考えるより、新しいビジネスの行方はわからない

新しいビジネスが成功するかどうか、それは誰にもわかりません。明日のことを正確に言い当てることができないということと同じです。ビジネスとは大変複雑にからみあった社会のあらゆる要素が影響しあう中に存在し、そして進んでいくものです。アマゾンの奥地で蝶々が羽ばたいたのを見てテキサス州で竜巻が起こることが予想できない(バタフライ効果)ように、日常のまるで関係が無いような些細な出来事があなたのビジネスと密接な関係を持っているかも知れません。

あなたがもし「いやそんなことを言っても、このビジネスのアイデアはとてもユニークで素晴らしく、しっかりと準備をしてきちんと計画をして、周到に行動してきたんだ、まさかに失敗するはずなどあり得ない」と考えているとしたら、それはちょっと危険な考えかもしれません。

あなたの「起業」は平均より・・・?

あなたが個人であれ企業であれ、新しくビジネスをスタートさせるときに、その「勝率」はどのように考えるでしょうか。もちろん絶対はありませんが、かなり勝率が高いと考えてスタートするのではないでしょうか。これは当然のことで、もし事前に勝率が悪いと考えていたら、趣味や道楽でない限り、そのビジネスをスタートすることはないでしょう。社会的な意義や自分の夢や周囲からの期待や、さまざまな理由でビジネスを始めることになるでしょうが、最低限、早晩ドブにお金を捨てるような事態にならないという展望がベースにあるからこそ、意義や夢や期待というようなものに応えていこうと思うのです。

ではその勝率はどのように推論をして得ましたか? 自分が影響を与えることができないことに影響を与えることができると誤認して、推論をしなかったでしょうか。明らかにコントロールできないのにコントロールの幻想にとらわれてしまっていなかったでしょうか。ノフシンガーの言う5つのポイントから大きな影響を受けてはいないでしょうか。コントロールの幻想から、自信過剰になってはいないでしょうか。

これから起業をする(新しくビジネスを始める、お店をやる、フリーランスになるなど)ときには次のチェックポイントを詳細に検討したほうが良いでしょう。

選択

ビジネスのアイデア、スタートする場所、タイミング、資本金の額などのファイナンスやスタート時のメンバーなど、あなたが決定しなければいけない選択肢はたくさんあります。しかし、そのどれも、あなたが選択をしたからと言って、結果が良くなるという保証にはなりません。あなたに選択権があるということと、その選択がどう影響するかというのは、まったく別のことだからです。それは、見知らぬ街でランチをする店を決めるときに、店の選択権があることとその店の料理が美味しいかどうかというのはまったく別のことだ、ということと同じです。

結果の連続

あなたが参入しようとしている業界には、スタートしようとしている地域には、似たような、すでに軌道に乗っている企業がいくつか(あるいはいくつも、です)あるでしょう。それらを見て自分が始めるビジネスもそのようになるだろうと思うのは危険です。いま残っている企業はたくさんの淘汰された企業を踏み台にして成長した、ごく少数の企業なのです。良い結果を連続して残している企業は数が少ないですがよく目立ちますし、すでに消滅した企業はたくさんあるのに視界からは消え去ってしまうのです。

慣れ

たいていの場合、新しいビジネスとは、まったく未知で未経験のものをスタートさせるわけではありません。そのビジネスをスタートさせる前に、企業の中で業務として、あるいは趣味の延長で、あるいは副業としてほそぼそと、その仕事をやっている場合が多いでしょう。それを自分のメインのビジネスとして独立させようと思ったときに、すでにその仕事に慣れてしまっているため、このビジネスは大きくレバレッジをかけて勝負しても大丈夫だ、と思ってしまいがちですが、慣れていることがビジネスの成功を保証するとは限りません。

情報

もちろん現代に起業をするあなたはインターネットという便利なものが利用できて、ほとんどあらゆる情報を一瞬にして手にできると言っていいでしょう。あなたはスタートするビジネスについて様々な側面から検討するために情報を収集し、整理しました。ではそれがビジネスの成功にどのくらい役に立つか、というと、実際に役に立っているのは「コントロールの幻想のため」と言えるのかもしれません。

積極的関与

もっともコントロールの幻想に陥りやすいのはこの要素かもしれません。ビジネスをスタートするということは、消極的に、あるいは受動的にスタートするということはありませんね。積極的にそのビジネスに関与しなければ、始めることもおぼつかないでしょう。つまり、あなたはスタートするときにそのビジネスのあらゆる面から関与しており、それはよく理解しておりコントロール下にあると感じているはずです。しかしながら、あなたがビジネスをコントロールできているというのは、やはり幻想であると言わねばなりません。

平均以下であると考えると、きっとうまくいく

どうやら、ノフシンガーのまとめたところによると、自信過剰になることで、小さなチャンスで大きな賭けに出たり、自分の選択が最良にして唯一の正解だと思ったり、リスクを小さく見積もって大胆な選択をしたりと、良くない結果を招く蓋然性が高くなるということです。

ではどうしたら良い結果を得る蓋然性を高めることができるかと言えば、その逆であるということになります。できるだけ自信が無ければ良いのです。「あなたは道で見かけるドライバーの中で平均くらいですか、平均以上ですか、以下ですか」と聞かれたときに、平均以下だと答えるような自信の無さが、良い結果をもたらす率を上げるのです。そもそもコントロールできるものは非常に少なく、またコントロールできると思ってるものは実はコントロールできないことが多い、と考えるのです。

行動経済学の立場から多くの調査結果を分析するとそのような結果になります。なんだか直感に反するような結論で面白いですね。

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